潮騒

日記

葉の匂い

一昨日、道を歩いていると、小柄なおばさんが目の前を横切った。そして、民家の玄関前に植えてある植物に手を伸ばして、すっと嗅ぎ始めた。一瞬だけ嗅いでから何事も無かったかのようにおばさんはまた歩き出した。

わたしはおばさんが植物を嗅いでるのを見て、この家の人かな?と思ったけれど違った。全然違った。花でも咲いてるのかな?と思って近くに行って見てみるとただの葉っぱで花は咲いていなかった。緑の葉っぱが何枚かしゃきしゃき育っていた。どういうことなのだろうか。どうしてあのおばさんは自分の家ではない家の植物、しかも花ではなく葉っぱの匂いを嗅いだのだろうか。

花なら何となくわかる。わたしも、良い匂いだなと誘われて何回か近づいて匂いを嗅ぎそうになることがあった(人目を気にしてしまうから見るだけに留まる)。花には、惹きつけられる魅力と匂いがある。ゆたかに開いた花弁の余韻に浸っていたくなる。何より、花はとても性的だ。向こうから誘っている(雰囲気がある)。

でも葉っぱはとても静かだ。主張しすぎず、周りに溶け込み、溶け込みすぎて気配を消している。匂いだって、青臭いとか、土臭いとか、そういった匂いしか知らないし、興味もない。葉が花より劣るかどうかではなく、わたしだったら葉っぱの匂いを嗅ぐことはしない。

でも、そのおばさんは葉の匂いを嗅いだ。おばさんが魅力に思うものとわたしが魅力に思うものは違う。興味も違う。当たり前だとは思っていても、この驚きは新鮮にこころに残った。

同じ町に住んでいるのに、違うところで生きていて、違うもの同士が、同じ場所を歩いていて、そして通り過ぎていった。