潮騒

日記

11/14

 

自分の隙間を自分で埋めることができなくなっていることに気づいて、電車にすわってスマホを見つめる半開きになった女のくちを見て悲しくなったりした。満たされようと思って、物や人に囲まれていれば満たされると安易に考えて街に行ったのがいけなかった。心と向き合うといつも失敗する。この時になって、ひどく体の奥深くが渇いてきていることを感じた。眼球をすべりゆく光りや人。なにかを感じることさえ許されないスピードで行き交う。視線があわないようにすりぬけることや、人がそこにいないかのように通り過ぎることには慣れているけれど、私だけが街のなかで置き去りにされたような感覚は消えなかった。みんなには名前があって、私には無い。どうしてここにいる。

街に着いた途端に海が見たくなって、でもそこまで行く元気はとっくに無かった。青い海の真ん中にうずくまって、眠りたくなった。自分という存在を飲み込んでくれる海の真ん中が恋しくなった。カフェで買ったであろうカフェオレを地面に置いて友だちと話す男のカフェオレを蹴り倒す妄想と、私の腕すれすれを通り過ぎる自転車を押し倒す妄想をした。危ないイメージばかり頭に残る。電車の窓に映る起伏。建物の谷間で、いつも何かが落ちている。

冷えた冬の夜風が吹く帰り道、お父さんが窓辺で喫っていたタバコや大きなからだを思い出してしまった。本当は海ではなくて、お父さんの腕の中で眠りたかった。寂しくて寂しくて、涙がながれたから、夜風で少し冷ましつつ歩いた。どうして欲しいと思ったときにはもう居ない。剥がれてきたマニキュアが暗闇で虚しく光って見えた。